最新.4-9『よくよまなくてもクソむかつく』


『――警告――』


※1 この警告は作者の主観、及び偏見に基づく判断により記載させていただいております。
※2 今警告はネタバレを含みます。
・今パートは、読む方によっては大変気持ち悪く、不快になられるであろう要素を多分に含みます
・差別的描写、特定のマイノリティー性癖描写を含み、そういった描写を不快に感じる方は回避を推奨します。
・今パートは読み飛ばしても、影響が無いようにしてあります。
・こんなんばっかで本当にすみません。



谷の入口では、月歌狼の傭兵団の残りの部隊が待機している。
ひとつは傭兵団主力の一角である、本隊第2部隊の衛狼隊。
そしてもうひとつ、剣狼隊と呼ばれる機動部隊がいた。
この剣狼隊という部隊は、傭兵団の他の部隊と比べ、かなりの異質さを放っていた。
異なる点の機動部隊であるため、人数が他の隊より少ない。
しかしそれに関しては、先行した偵察隊である瞬狼隊も同様だ。
剣狼隊のもっとも異質な部分は、まず彼らの格好にあった。
彼らは男女問わず皆一様に、黒い皮でできた、ライダースーツのような服を身に纏っていた。
頭部以外の全身を、黒い素材が肌に密着するように覆っており、男女ともに体のラインがはっきりと出ている。
そしてその上から、同じく黒い色の肘当や膝当、肩当などの防具を身に着けていた。
その外観は異様さを発していたが、しかし、この剣狼隊は見た目以外にもう一つ、異質な部分があった。

剣狼A「さっきから雨音に交じって変な音が聞こえない?」

剣狼B「聞こえてるよ剣狼A。先に言った連中に何か起こったんでしょうね」

隊の先頭付近で会話する傭兵達の姿がある。いずれも若い傭兵だ。

剣狼A「ねぇ剣狼B、剣狼C。僕らは動かなくていいのかな?」

剣狼B「また他の隊が揉めてるんでしょ、どいつもこいつも逃げ腰な連中だもの」

剣狼Aという中性的な顔立ちの少年の言葉に、剣狼Bと呼ばれたセミショートの女子が棘のある言葉で返す。

剣狼C「頭領からして、指示が逃げ腰だもんな。谷を通過するだけで隊を半分に分けてよ」

剣狼Cという名の生意気そうな雰囲気の少年が、剣狼Bの言葉にさらに続けた。

剣狼B「翔狼隊がやらかしたみたいだしねー、臆病になるのもしょうがないんじゃない?
   村一つ相手にするのに失敗するなんてことが、本来論外だけど」

剣狼C「まったく、なんにしてもダメな連中だな。村もここも、俺達にかかれば余裕だっていうのに」

剣狼Cや剣狼Bの台詞は、他の隊をあざ笑うような内容に変わってゆく。
元々、月下狼の傭兵団は小規模な傭兵組織が連合を組んだことが始まりであり、その名残で、各隊の気質や方針には程度の差はあれど違いがある。
それが要因で食い違いが発生することも多く、他隊をよく思わない者や、自身の隊が一番だと思っている者も珍しくはない。
しかし、その中でも剣狼隊のそれは度を越していた。

剣狼側近「み、みんな……」

雑談を続ける彼らに、おずおずとした調子の声がかけられる。

剣狼C「ん?なんだよ剣狼側近」

声の主は、彼らの少し前にいる大人しそうな少年だ。
剣狼Cが声を返すも、剣狼側近と呼ばれた大人しそうな少年は、オドオドとしながら目線を泳がせるだけ。

剣狼隊長「お前達、油断はするものではないぞ」

そんな剣狼側近を代弁するかのように、凛とした声が響いた。

剣狼C「い!?」

剣狼A「あ……」

発せられた声を耳にし、若い傭兵達は萎縮する。そして彼らの視線は一転に集中する。
隊列の一番先頭で馬上に跨る、20代の女性がいた。
高い慎重になびく金髪、そして鋭い目つき。
彼女こそ、この剣狼隊を率いる隊長であり、名を剣狼隊長といった。

剣狼隊長「慢心は失敗を招く最大の敵だと教えたはずだ。それと、ここは戦地だ。おしゃべりに夢中になるのも関心しないぞ?」

剣狼C「は、はい」

剣狼B「すみません……」

彼女に叱られ、若い傭兵達は大人しくなった。

剣狼C「うひ、隊長に怒られちまった……」

剣狼A「ちょっと軽率だったね……それにしても、相変わらずの迫力だ。言葉一つかけられただけで、隊長が強い人だっていうのが伝わってくるよ……」

クラレティの背中を見つめながら剣狼Aは言う。

剣狼B「当然でしょ。あの人を誰だと思ってるのよ」

剣狼C「何でお前が偉そうなんだよ、剣狼B」

フンと息を巻き、まるで自分の事のように誇って見せる剣狼Bに、剣狼Cはあきれ顔で突っ込んだ。

剣狼A「でも剣狼隊の傭兵として、隊長の事が誇らしいのは分かるよ」

剣狼C「まぁそれは同感だな。俺も最初は疑ってたけど、あんな強さを持った人はそうそういないぜ」

剣狼Aの隊長を誇る発言には、剣狼Cも同調して誇らしげに語って見せた。

剣狼B「あんた、隊長にコテンパンにやられたもんねー。あんだけ意気揚々と乗り込んできたくせに」

にやにやした表情で言う剣狼B。

剣狼隊長は月歌狼の傭兵団の中ではもとより、傭兵団が所属するギルド内でも名を馳せた女傭兵だった。
剣狼隊の傭兵の中には、剣狼隊長の噂を聞きつけ、ギルドの他の傭兵組織から弟子入りに来た者や、
果ては彼女に挑戦を申し込み、返り討ちにあってそのまま出弟子になってしまった者もいた。

剣狼C「う、うるさいな!聞いたぞ?お前だって恥ずかしい台詞と共に乗り込んで来たんだろ?『あんたの伝説もあたしの登場でついに終わりさ!』とか言って――」

剣狼B「あたしの過去に触れるなぁーーッ!」

剣狼C「ごぶふぁッ!?」

次の瞬間、剣狼Bが馬上から蹴りを放ち、剣狼Cは吹っ飛ばされて地面へと落下した。

剣狼A「あはは……」

剣狼D「二人とも、元々よそから隊長に挑みに来た人だったんですね……なのに今は、なぜこの傭兵隊に?」

困り笑いをする剣狼Aに、その後ろにいた大人しそうな少女が疑問を投げかけて来た。

剣狼A「うん。挑戦してその結果、剣狼Cや剣狼Bは隊長に自分の誇りを折られた訳なんだけど……それと同時に隊長の強さに惚れ込んだんだ。そして隊長の元で戦いたいと思ったんだよ」

剣狼D「なるほど……」

剣狼A「まぁ、隊長に惚れ込んでるのは皆同じだと思うけどね。それは剣狼Dも同じじゃない?」

剣狼D「……うふふ、それは確かにそうかもです」

剣狼Aや剣狼Dと呼ばれた少女は、そんな会話を交わしながら剣狼隊長の背中に視線送る。

剣狼隊長「ふふ、みんな気恥ずかしいことを言ってくれる」

話を聞いていたのか、その剣狼隊長が笑いながら振り返った。

剣狼隊長「私はそんな特別な存在ではない。お前達も皆、素質を持った猟犬だ。鍛錬を繰り返せば、いずれ立派な戦士となれるだろう」

剣狼A「隊長……!」

剣狼隊長の言葉は傭兵達の心に響き、彼らは剣狼隊長に尊敬や憧れの眼差しをむけた。

剣狼隊長「ところで……私が先程言った事は聞こえていなかったか?おしゃべりは感心しないぞ、と」

次の瞬間、剣狼隊長の毅然としつつも優しかった表情は、氷のように冷たい物へと豹変した?

剣狼C「い!?」

剣狼D「!」

若い傭兵達は皆、びくりと体を強張らせる。

剣狼隊長「よりよき猟犬を育てるためにも、私は躾に手を抜くつもりはないぞ?後で仕置きを受けたいようだな?」

影の入った微笑で傭兵達に言い放つ剣狼隊長。
それを目にした若い傭兵達は、背中にゾクッと寒気が走るのを感じた。

剣狼魔女「……ふぅ、騒がしい連中ね」

そんなやり取りを端眼に、嫌味な声を漏らす存在が居た。
静かな嫌味を発したのは、馬上に跨る十台前半とおもわしき見た目の少女。
ツインテールにした金髪と、人形のように白い肌が特徴的で、彼女だけ黒い皮服の上から、マントを羽織っているのもまた人目を引いた。

剣魔A「まったく、しょうがない奴等ですわい」

彼女の横で馬にまたがる、中年の傭兵が同じく呆れた口調で言う。
がっしりした体躯と傷だらけの顔が、玄人の傭兵である事を示していた。

剣狼魔女「まったく……」

剣狼少年「あの、剣狼魔女」

馬上で退屈な顔で呟いていた剣狼魔女に声がかけられる。
剣狼魔女の乗る馬の横に、十代半ばとみられる少年の姿があった。

剣狼少年「紅茶を入れて来たよ」

少年の差し出す手には、この場に似つかわしくない紅茶の入ったカップが乗っていた。

剣狼魔女「遅いわよ、剣狼少年」

剣狼少年「うぅ……ご、ごめん」

剣狼少年と呼ばれた少年の怯えた表情をつまらなそうに一瞥し、剣狼魔女は紅茶を受け取る。
そして紅茶のカップに口をつけた。

剣狼魔女「……悪くないわ」

紅茶の評価を受け、剣狼少年は表情を明るくし、顔を上げる。

剣狼少年「あ、ありが……!」

剣狼魔女「でも言ったはずよね?」

お礼の言葉を続けようとした剣狼少年。だがそれは、続けて発っせられた剣狼魔女の台詞に遮られる。

剣狼少年「え……?ひ!?」

そして次の瞬間、剣狼少年の表情は凍り付いた。

剣狼魔女「紅茶にハーブを添えるのは朝だけ。そして戦いの前に飲む紅茶には、砂糖は入れないように、って?」

静かに、しかし不愉快そうに言う剣狼魔女は、馬上から冷たい目線で剣狼少年を見下ろしていた。

剣狼少年「うぁ、ぁ……」

失敗を咎める剣狼魔女の冷たい瞳に捕らわれ、剣狼少年は体を硬直させている。

剣狼魔女「はぁ、お茶一つ満足に淹れられないなんて、相変わらず覚えの悪い使役魔ね」

言うと、剣狼魔女は剣狼少年の首に指先を伸ばす。
指先の向かう先は剣狼少年の首もと。彼の首には首輪が着けられていた。
この剣狼魔女という少女。見た目こそ十代前半の幼い風体だが、その正体は齢700歳を超える魔女だ。
そして剣狼少年という少年は、魔女である剣狼魔女に使える使役魔だった。

剣狼少年「いぐッ!」

剣狼魔女は剣狼少年の首輪に指をかけ、剣狼少年の顔を引っ張りよせる。
剣狼少年は苦悶の表情を浮かべるが、剣狼魔女は気にする素振りも見せない。

剣狼魔女「お仕置きが必要ね」

そしてあろうことか、もう片方の手に握られたティーカップの中身を、剣狼少年の首もと目がけてこぼし出した。

剣狼少年「ッ!?あぅぅぅッ!」

少しづつこぼされる紅茶が、少年の首から体へと伝ってゆく。体を襲う紅茶の熱に、剣狼少年は悲鳴を上げた。

剣狼少年「熱ぃ……ッ!剣狼魔女!やめ……」

剣狼魔女「誰に口を聞いているの?」

剣狼魔女は冷たい目で剣狼少年の両目を睨み、冷たい口調で尋ねる。

剣狼少年「ひッ!……あぁ……ど、どうかお許しを、剣狼魔女様ぁ……」

普段こそ剣狼少年に名を飛び捨てにする事を許していた剣狼魔女だったが、躾や主従関係を教え込む際には様付けを強要していた。
剣狼少年の懇願を耳にし、ようやく紅茶をこぼすのを止める剣狼魔女。

剣狼魔女「立場を忘れちゃ駄目よ。聞くけど……あなたはあたしの何?」

剣狼少年「ぼ、僕は……剣狼魔女様の使役獣です……剣狼魔女様の下僕です……」

剣狼魔女「なら、下僕として言う事は?」

剣狼少年「あ、あの……この出来の悪い愚かな下僕に、どうか躾をお願いします……!」

剣狼少年の言葉に加虐心をくすぐられた剣狼魔女は口元を吊り上げる。
本来、使役魔には小動物や魔物を使うのだが、一部には趣味や愛玩を兼ねて人間を使役する魔法師や魔女が存在し、剣狼魔女もそんな魔女の一人だった。

剣狼魔女「うふ、それでいいのよ」

剣狼少年の言葉に満足したのか、剣狼魔女は少しだけ表情を緩める。そして残りの紅茶を剣狼少年の体へと注いだ。

剣狼少年「うぁ!ぁぅぅッ!」

剣狼魔女「うふふ……」

暑さに悶える剣狼少年を眺めながら、剣狼魔女は悪趣味な笑い声を漏らす。

剣狼少年「ぁぅ!……はぁ、はぁ……」

剣狼魔女がようやく首輪にかけた指を放し、剣狼少年は蕩けた顔で地面にへたり込んだ。

剣狼魔女「ほら、何をへたりこんでるの?片づけておきなさい」

躾が済むと、剣狼魔女は休む間も与えず、使役魔に次の仕事を命ずる。

剣狼少年「は、はい……」

剣狼魔女に命じられた剣狼少年は、差し出されたティーカップを受け取り、そそくさと片づけに走っていった。

剣狼B「うへぇ……」

一方、そんな剣狼魔女達の一連のやり取りを剣狼A達は見ていた。

剣狼A「はは、剣狼魔女達の所も相変わらずだね……」

剣狼C「なんていうか、剣狼魔女達の周りは好き物ばっかりだよな……」

とまどい混じりの小声で、そんな会話を交わしあう剣狼A達。
彼女達の独特な関係性は、彼らにも変わって見えるようだ。

剣狼魔女「何かしら?無粋な輩がこそこそ話しているようだけど?」

剣狼A達の会話に釘を刺すように、剣狼魔女の声が割り込んで来た。
小声で話していたが、彼らの会話を剣狼魔女はしっかり聞いていたらしい。

剣狼C「む、なんだよ!」

剣狼魔女の嫌味な言葉にカチンときたのか、剣狼Cが反論の声を上げた。

剣狼C「そっちだって俺達の会話を盗み聞きしてたじゃねーか!悪趣味魔女のくせに偉そうに――いッ!?」

しかし剣狼Cは言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。
剣狼Cの口を塞いだのは、振り向いて彼を睨みつける、剣狼魔女の冷たい目だった。
剣狼隊長の弟子を諫める物とは別種の、まるで動物でも見るような冷酷な瞳。

剣狼魔女「ふぅん、面白いわね。ちゃんと最後まで言ってごらんなさい?」

そして口元を歪め、微かに怒気を含めた口調で発する彼女。

剣狼C「ぅ……」

剣狼魔女の冷たいオーラを向けられ、剣狼Cは再び背筋が寒くなるのを感じ、何も言えなくなってしまった。

剣魔A「身の程を脇まえろ小童。おぬしのような若造が安易に楯突いて良いお方ではないぞ」

剣狼魔女を代弁するかのように、中年の傭兵が厳しい視線を向けて言った。

剣魔A「まったく……しかし、相変わらずさすがの気迫ですわい。剣狼魔女嬢の前には、大の男ですら虚勢を張ることも叶いますまい」

剣狼魔女「ふぅ」

自身を褒めたたえる中年の傭兵の声を聴き流しながら、ため息を吐く剣狼魔女。
しかし、そこで彼女は、背後から向けられる別種の視線に気づいた。

剣魔B「はぅぅ……」

視を感じる方向へ目を向けると、剣狼魔女の左斜め後ろに、怯えている少女の姿があった。

剣魔C「あーあ、泣ーかせた」

剣魔D「ちょっとぉ、あなたのせいで剣魔Bが怯えてるわよ?」

剣魔Bと呼ばれた怯える少女の両脇には、他に、長身で髪の長い女と、セミショートの少女の姿があり、
両名は茶化すように剣狼魔女へ言葉を放ってきた。
彼女らは皆、剣狼隊の中で剣狼魔女の指揮下にある傭兵達だった。

剣狼魔女「あら、怖がらせてしまったかしら?」

一言呟くと、剣狼魔女は愛馬を剣魔Bの乗る馬へとよせた。

剣魔B「あう……す、すみま……」

剣狼魔女「謝る必要は無いわ」

そう言って剣魔Bの言葉を遮る剣狼魔女。
そして、今までとは打って変わった、優しい笑みを浮かべながら剣魔Bの頭をなでた。

剣魔B「あ……」

剣狼魔女「心配しないで。あれは私たちの関係に必要な事なの、怖がることは無いわ」

剣魔B「は、はい」

頭をなでられながら説明され、剣魔Bは返事をする。
その返事はぎこちない物ではあったが、怯えは若干取り除かれていたようだった。

剣魔D「氷みたいな女の剣狼魔女でも、小さな女の子には優しいのよねぇ」

剣魔A「か弱き女子には優しく接する。これぞ強者の器というものだ」

二人の少女のやり取りを見ながら、長い髪の女や中年傭兵はそれぞれ思うことを口にした。

剣狼艶女「うふふ、剣狼隊長ちゃんや剣狼魔女ちゃんのトコは楽しそうねー」

そのまた一方で、騒がしい剣狼隊長の周辺や剣狼魔女の周辺を、遠巻きに眺める者がいる。
愛馬の上で横向きに優雅に座る、二十代半ばの女。

剣艶A「ええ、にぎやかでいい事です」

剣艶B「ちょっと騒がしくも思うが、若いやつらだしな」

彼女の言葉に同調するように、周辺を固める男傭兵達が声を上げる。

剣艶C「若い連中のあの青々しさはちょっと照れくさくなるけど、いいもんだよな」

剣艶D「剣狼魔女様に躾ていただけるなんて、あの小僧うらやましいぜ……」

剣艶C「え、お前本気かよ……?」

剣艶E「いや、正直俺も……」

傭兵達は口々に他のグループに対する思いを口にする。

剣狼艶女「あら?なぁにみんな〜。ひょっとしてクラちゃんや剣狼魔女ちゃんの隊が羨ましかったりする〜?」

そんな傭兵達に、女はいたずらっぽい口調で問いかける。

剣艶A「いえ!我らは剣狼艶女様のために働く事こそ喜びです!」

剣艶D「剣狼艶女様と共にある事こそ、我らが誇りでございます!」

剣艶E「他の隊に目移りなど、滅相もございません!」

女が言った突端、傭兵達は一斉に沸き立ち、彼女に対して忠誠の言葉を述べ出した。
この男傭兵達は、剣狼艶女と呼ばれる女傭兵の指揮下にあったが、彼らの剣狼艶女への忠誠は、傭兵としてのそれを遥かに凌いでいた。

剣艶B「私共はいつ何時とも剣狼艶女様と共にある覚悟です!そこで剣狼艶女様!本日の身のお世話はぜひ私めに!」

剣艶C「あ、お前!卑怯だぞ!」

剣艶D「抜け駆けするな!それは私こそ適任です!」

競って名乗りを上げ出す傭兵達。

剣狼艶女「あ〜ん、みんなうれしいわ〜……でもね?」

競う傭兵達を前に、今まで緩やかな口調で喋っていた剣狼艶女が、唐突に声色を変えた。

剣艶A「ッ!け、剣狼艶女様……?」

剣狼艶女「言ってるでしょう、みんな?私ケンカはキ・ラ・イ・って?」

笑みを浮かべながらも、独特の鋭さを纏った声で、言い聞かせるように言う剣狼艶女。
そしてその笑みも、口元こそ笑っているが、目は笑っていなかった。

剣艶達「「「ッ!は、ははぁッ!」」」

オーラを変えた剣狼艶女を前にして、傭兵達は声を上げ、一斉に傅いた。

剣狼艶女「うふふ、分かってくれた?みんないい子ね」

すると剣狼艶女は態度を戻し、また緩やかな声色で笑って見せた。

剣艶A「ああ……お怒りになった姿もお美しい」

剣艶B「やはりお仕えするべきは剣狼艶女様だ」

剣艶C「あの冷たい目で睨まれる事、それもまた我々の喜び……!」

一見、長に対する忠誠の高いように見える彼ら。
しかしその実態は、外見の綺麗な女に使われ働きたがる、一種の性的倒錯を持った人間の集まりだった。

剣狼隊長「どこも微笑ましいな」

そんな各所で賑々しさを耳にしながら、最先頭にいるの剣狼隊長は、穏やかな笑みを浮かつつ、そんな事を口にしていた。

剣狼側近「は、はい……あ、隊長」

たじろぎながら同意した剣狼側近。だが彼はその直後、何かに気付き剣狼隊長へ目配せをする。

剣狼隊長「ん、どうした?」

剣狼隊長が剣狼側近の視線を追い、目を凝らすと、前方からこちらへ向けて2騎の騎兵が走ってくるのが見えた。

剣狼側近「衛狼隊長です」

近づいてくる騎兵は、本隊第2部隊である衛狼隊の隊長、そして衛狼隊の傭兵だった。

衛狼隊長「剣狼隊!前進するぞ、準備しろ!」

衛狼隊長は剣狼隊長達の前へ現れるや否や、おもむろに言い放った。

剣狼隊長「何だ、状況は一体どうなっているんだ?」

衛狼隊長「それは俺が知りてぇよ!瞬狼隊と親狼隊の状況は一切不明。伝令すら戻ってこねぇんだ!」

剣狼隊長の問いに対して、早口で捲し立てる衛狼隊長。
その口調には、かなりの苛立ちが混じっていた。

衛狼隊長「どうなってんのかは皆目見当がつかねぇ……が、あいつ等が危機的状況にあるのは間違いねぇだろう。クソが……!」

悪態を吐く衛狼隊長だったが、彼の表情には苛立ちとはまた別の感情も浮かんでいる。
親狼隊の事を彼は仲間として心配していた。

剣狼A「なんだよ、親狼隊の連中もやらかしらのか?」

剣狼B「って事は、これからあいつ等の尻ぬぐいに行かなきゃならないわけね」

しかし衛狼隊長を煽るように、背後で若い傭兵達が愚痴を言うのが聞こえた。

衛狼隊長「ッ!」

剣狼魔女「フン、他の隊に期待はしてないわ」

剣狼艶女「あらら〜、失敗しちゃったの〜?」

剣魔A「はぁ、同じ傭兵ながらだらしない奴らですわい……」

剣魔C「ちょっと、いくらなんでも弱すぎじゃないー?」

果ては剣狼魔女や剣狼艶女、そして各隊の配下の傭兵達が口々に声を上げる。

衛狼A「あんたらぁッ!言わせておけば――!」

剣狼隊の傭兵達の好き勝手な言い回しに、衛狼隊の傭兵が声を荒げる。

衛狼隊長「よせ、衛狼A。今は仲間内で争う時じゃねぇ」

衛狼A「ッ!……分かりました」

だが衛狼隊長が静止し、衛狼Aと呼ばれた女傭兵は怒りをこらえた。

剣狼隊長「お前達、同じ傭兵団の同胞をあまり悪くいう者ではないぞ」

衛狼隊長(こいつ……)

剣狼隊長がそんな事を言って傭兵達を諫める。しかし彼女もどこかで他隊を軽く見ていることを、衛狼隊長は感じ取っていた。

剣狼隊長「すまないな」

衛狼隊長「……剣狼隊の待機は解除だ。俺達、衛狼隊は中央に布陣、それと一部を左側の尾根に上げて前進する。お前たちは右側の尾根を行け!」

剣狼隊長「承知した」

衛狼隊長「……頼むぞ」

伝えると、衛狼隊長と傭兵は馬を反転させて戻って行った。

剣狼隊長「さて、いよいよ出番のようだな」

剣狼E「隊長の剣を持て!」

傭兵の一人が声を上げると、後ろから屈強な男が二人ががりで何かを運んで来た。
それは刀身の部分だけで2メートルはあろうかという巨大な諸刃の剣だった。

剣狼F「隊長どうぞ!」

剣狼G「きっちり仕上げてありますぜぇ!」

剣狼隊長「あぁ」

男が二人がかりで持ち上げ、差し出した大剣を、なんと剣狼隊長は片手でいとも簡単に持ち上げる。

剣狼隊長「ふっ」

そして馬上で豪快に、それでいて優雅な挙動で剣を振り回して見せた。

剣狼B「うっひゃ」

剣狼C「すげぇ……」

それを目にした若い傭兵達が声を上げ、憧れの眼差しで剣狼隊長を見つめる。

剣狼隊長「ふぅ……いい感じだ。手入れもよくされている」

剣狼F「へい!」

剣狼G「ありがとうございますッ!」

剣狼隊長の礼を受け、大剣を運んで来た傭兵達は意気揚々と引き下がっていった。

剣狼側近「クラレティ様」

腕慣らしを終えた剣狼隊長に剣狼側近が近寄る。
剣狼側近は戦いの前に、鎧などの剣狼隊長が身に着けている装備を直し、整えてゆく。

剣狼隊長「ふむ、いつもすまんな」

剣狼側近「いえ、剣狼隊長様にお仕えする者として当然です」

この剣狼側近という少年は、いわば剣狼隊長の執事のような立ち位置にあった。

剣狼隊長「ふふ」

剣狼側近「え?あ……」

剣狼隊長はいたずらっぽい笑みを浮かべると、近づいていた剣狼側近の喉元に手を伸ばした。

剣狼側近「ふぁ!」

剣狼隊長「さすがは、私の一番の忠犬だ」

言いながら、剣狼隊長は剣狼側近の喉元を指先でくすぐりだす。

剣狼側近「ふぁぁ……ありがとうございます」

剣狼隊長「くく……今回の戦いが終わったら、褒美にまたお前を躾けてやろう」

剣狼側近「は、はぅぅ……!」

そして剣狼側近の耳元に口を近づけ、艶やかな声で呟いて見せた。

剣狼隊長「ん?嫌か?」

剣狼側近「ふぁ、いえ……どうぞ弄んでください、剣狼隊長様の思うがままに……」

隊の先頭で、妖艶なやり取りを繰り広げる二人。

剣狼A「……」

剣狼B「うっわぁ」

そんな二人のやり取りを、後ろで若い傭兵達が顔を赤らめながら眺めていた。

剣狼D「み、見ている方が気恥ずかしいね……」

剣狼C「くそっ、なんであんな冴えない奴が隊長にあんなに可愛がられてるんだ?」

剣狼A「何か通じるものがあるんだと思うよ?」

気恥ずかしさに駆られながらも、二人についてひそひそと会話を繰り広げる若い傭兵達。

剣狼少年「………」

やり取りに目を取られていたのは、剣狼隊長配下の若い傭兵達だけではない。
剣狼魔女配下の少年、剣狼少年もまた顔を赤らめその様子を眺めていた。

剣狼魔女「……剣狼少年!」

剣狼少年「わ!」

惚けていた彼を、剣狼魔女の鋭い声色が引き戻した。

剣狼魔女「いったいどこに目を奪われているのかしら?」

剣狼魔女はやや不機嫌そうな口調で言いながら、取り出した乗馬鞭をパシンと音を鳴らす。

剣狼少年「うぅ!ご、ごめん……」

冷たい気迫に押され、剣狼少年は謝罪を口にした。

剣狼魔女「……ふん!まぁいいわ」

ぶっきらぼうに言うと、気持ちを入れ替えるためか、剣狼魔女は馬上で乗馬鞭をヒュンヒュンと振り回す。

剣魔C「うひゃ、怖」

剣魔A「ふむ、いつみてもさすがの気迫。男の上に立つ資格をお持ちだ」

剣狼魔女「ふぅ……剣狼少年!」

配下の傭兵達の声を遮るかのように、剣狼魔女は剣狼少年の名を呼ぶ。

剣狼少年「ひ、ひゃい!」

突然名を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げてしまう剣狼少年。

剣狼魔女「今度はちゃんとした紅茶が飲みたいわ。戦いが終わって夜が明けたら、ハーブ入りの紅茶を入れなさい」

剣狼少年「あ……」

剣狼魔女の声には、今までと違いほんのわずかに穏やかさが込められていた。

剣狼魔女「返事は?」

剣狼少年「ふわ!はい!」

剣狼少年は今まで以上に顔を紅潮させ、返事をした。

剣魔D「クスクス」

剣魔C「飴と鞭をわかってる〜」

端から会話を聞いていた女達が、からかうような声を上げる。

剣狼魔女「おしゃべりはそこまでにしなさい。あなた達、準備はいい?」

剣狼少年「は、はい!」

剣魔C「もちろーん」

剣魔A「この私、剣狼魔女嬢のためにいつでも身を挺す覚悟ですぞい!」

剣狼魔女の問いかけに、それぞれ声を返す彼女の配下の傭兵達。

剣狼艶女「うふふ。みんな、私たちも負けてられないわよぉ」

一方で、もう一人の副隊長各の女剣狼艶女も、妖艶な声で配下の傭兵達に声をかける。

剣艶達「「「はい!剣狼艶女様!」」」

それに対し、配下の傭兵達が一斉に声を上げた。

剣狼隊長「ははは。どこの隊も皆、やる気に満ち溢れているようだな。さぁ皆、狼として牙を立てる時間が来たぞ!」

剣狼傭兵達「「「おおッ!」」」

剣狼隊長が剣を大きく振るうと共に上げた一声に、傭兵達は声を上げた。
特徴的な三人の女を筆頭に、剣狼隊全体が沸き立ち、異様ともいえる団結感に包まれていた。

剣狼A「いつ感じてもすごい……剣狼隊長隊長や剣狼魔女さん、剣狼艶女さん。三人の男顔負けの気迫に感化されて、隊全体が闘志に満ち溢れている!」

他の傭兵同様に空気に感化された剣狼Aが、上ずった声で、状況を説明するかように言葉を発する。

剣狼隊長「さぁ、私の猟犬たち!かわいく、優秀で、しかし猛々しい猟犬達よッ!今宵は鎖から解き放たれ、存分にその牙の猛威を振るうがいいッ!」

猛々しく、しかし通る声で口上っを発する剣狼隊長。

剣狼C「我ら、月下狼の傭兵団、剣狼隊!我らの剣と牙の前に立てる者無し!」

剣狼B「我らは剣狼隊長様の猟犬!剣狼隊長様の牙ッ!」

剣狼E「剣狼隊長様の、そして我ら剣狼隊の強さの前に、また驕った子犬が打ち拉ぎ、哀れな子羊は許しを請うであろう!」

傭兵達が、各々に鼓舞の言葉を口にし、彼らの熱気はどんどんと上がってゆく。

剣狼隊長「うむ、良い闘志だ――行くぞ、剣狼隊ッ! 」

剣狼傭兵達「「「オオオオオオオッ!!」」」

最後に剣狼隊長の上げた一声に、傭兵達の興奮は最高潮に達し、皆一丸となって雄叫びを上げた。



衛狼隊長と衛狼Aが、隊の先頭に戻るために馬を飛ばしている。

衛狼A「なんなのあいつ等の気色悪さは……衛狼隊長!あんな気色の悪い連中を信用するんですか!」

衛狼隊長「信用なんぞしてねぇ、本当ならこっちから願い下げだ!だが今は人手が少しでも多く必要だ」

衛狼Aは顔を青くし、衛狼隊長にいたっては青筋を立てている。
月歌狼の傭兵団の中で、剣狼隊が異質とされる最たる部分。
それは隊長や副隊長各の女三人を中心に形成されている、彼らの狂気的なまでの関係性だった。
カリスマと形容するには捻じ曲がった隊長各の女達の気質と、それに騎士道よろしく忠誠を誓う配下達。
いや、もはやその忠誠心は一種の宗教的狂気、もしくは歪んだ性的倒錯すら感じさせた。
ともかく一般的な傭兵とは明らかに方向性の違った異質さを、彼らは醸し出していた。
その異質さは剣狼隊内部でこそ、結束高めるのに一役買っていたが、一方で、他隊との間に大きな軋轢を生む原因となっていた。

衛狼A「ッ、奴らと連携なんて嫌になるわ……!」

その関係性の悪さから、そして何より剣狼隊の特性から、剣狼隊は特殊な仕事に投入されることが多く、他隊と連携して作戦を行うことは少なかった。

衛狼隊長「緊急事態だ、仕方ない……親狼隊長、無事でいろよ……!」

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